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大津地方裁判所 平成4年(行ウ)6号 判決

原告

宗教法人園城寺

右代表者代表役員

福家俊明

右訴訟代理人弁護士

吉原稔

篠田健一

武川襄

被告

文化庁長官

林田英樹

滋賀県教育委員会

右代表者教育委員長

南光雄

右被告ら指定代理人

関述之

外一六名

主文

一  原告の被告文化庁長官に対する訴えを却下する。

二  原告の被告滋賀県教育委員会に対する請求をいずれも棄却する。

三  訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第一  請求

一  被告滋賀県教育委員会が、平成四年八月二一日付けでなした文化財補助金の「確定の取消」と別紙内訳「今回確定額」記載の「再確定」を取り消す。

二  被告らが原告に対し、平成四年八月二一日付けで通知した昭和六三年度の国宝重要文化財等保存整備事業費補助金及び平成元年度同補助金、平成二年度同補助金のうち金一〇四三万一〇〇〇円の返還命令を取り消す。

第二  事案の概要

一  本件は、原告が、被告文化庁長官に対して国宝重要文化財等の保存整備のための補助金の申請を行い、同被告の交付決定及び被告滋賀県教育委員会による補助金額の確定を経て、補助金の交付を受けていたところ、その後、既に交付済みの右補助金について、被告滋賀県教育委員会から、右補助金の従前の確定の取消、再確定を行った上、超過交付となった部分の返還命令を受けたため、これを不服とする原告が、大要「①補助金額の確定は、国が交付すべき補助金額に変更を加えるべきか否かに関する最終的な判断であるから、「確定の取消、再確定」という概念は有り得ず、また、その手続も明文の根拠がないのであって、「確定の取消、再確定」は、そもそも法的に認められるものではない(本案の争点二)、②仮に、補助金額の確定の取消、再確定が許される場合があるとしても、本件補助金に関する確定の取消、再確定は違法不当であり許されない(本案の争点三)、③本件補助金に関する確定の取消、再確定、返還命令は信義則に反する(本案の争点四)」などと主張して、被告滋賀県教育委員会に対して右補助金に関する「従前の確定の取消及び再確定」の取消を、被告らに対して右返還命令の取消を求めた事案である。

二  返還命令処分に至る経緯(当事者間に争いがない事実、乙一の1、2、4)

1  原告は、多数の国宝重要文化財等を保有する天台宗寺門宗の総本山たる宗教法人である。

2  原告は、別紙補助金事務の経過記載のとおり、国宝重要文化財等を保存整備するため、補助金等に係る予算の執行の適正化に関する法律(以下「適正化法」という。)五条に基づいて、被告文化庁長官に対し補助金を申請したところ、被告文化庁長官は別紙内訳確定額欄記載のとおりの補助金の交付決定をし(文化財保護法三五条一項、適正化法六条一項、昭和四三年六月一五日文部省告示第一七三号(乙一の1)、昭和四三年六月一五日大臣通知文会総第二九八号(乙一の2))、被告滋賀県教育委員会は補助金の額の確定をし(適正化法一五条、二六条、同法施行令一六条一項、昭和四一年七月二八日文部省告示第二五五号(乙一の4))、原告はその交付を受けた。なお、原告は、概算払分は交付決定後、清算払分は確定後それぞれ補助金を受け取った。

3  しかし、被告滋賀県教育委員会は、平成四年八月二一日付同被告名をもって原告に対し、右補助金の額の確定を取り消し、別表内訳「今回確定額」欄のとおり再確定をした上、超過交付額一〇四三万一〇〇〇円を平成四年九月一〇日までに返還するよう命じた(適正化法一八条二項)。

4  右通知書には、平成三年三月及び四月に実施された会計検査院実地検査の結果、原告の補助金交付申請書に添付された収支決算書と寺に備え付けられた収支決算書との間に相違があることが判明し、これにより補助金の算定に影響を及ぼし補助率が減縮されたためとされている。

第三  本案前の主張

一  請求の趣旨第二項(返還命令取消の訴え)について、被告文化庁長官に被告適格があるか

(被告文化庁長官の主張)

処分の取消訴訟において被告適格を有するのは、処分をした行政庁である(行政事件訴訟法一一条一項)ところ、行政庁間に権限の委任がなされ受任行政庁が委任された権限に基づいて行政処分を行う場合には、受任行政庁はその処分を自己の行為としてするものであるから、その処分の取消を求める訴えは、右受任行政庁を被告として提起すべきものであって、委任行政庁を被告として右訴えを提起することは許されない。

国宝重要文化財等保存整備費補助金に関する事務のうち、交付決定の通知、補助金等の額の確定及び通知、補助金等の返還命令等は、文化庁長官から都道府県教育委員会に委任されており、本件の再確定の決定及び通知並びに補助金返還命令もこれにより被告滋賀県教育委員会がなしたものである(乙二の3)。したがって、被告文化庁長官には被告適格がない。

(原告の主張)

本件において「確定の取消」「再確定」「返還命令」を被告滋賀県教育委員会に促しているのは被告文化庁長官であり(乙二の2)、本件補助金に関する右「確定の取消」「再確定」「返還命令」が被告滋賀県教育委員会と被告文化庁長官との協議の上で行なわれたものであることは明白であるから、被告文化庁長官についても被告適格は認められると解すべきである。

二  請求の趣旨第一項の訴えについて、出訴期間を徒過したものであるか

(被告滋賀県教育委員会の主張)

請求の趣旨第一項の訴えは、請求の趣旨第二項の訴えに追加されたものであるが、この訴えは、それ自体独立の訴えとしての訴訟要件を具備していることが必要となるところ、訴えの変更は変更後の新請求については新たな訴えの提起にほかならないから、右訴えにつき出訴期間の制限がある場合には、右出訴期間遵守の有無は原則として右訴えの変更の時、すなわち、訴え変更の書面が裁判所に提出された時を基準として決定すべきである。しかるに、右訴えは行政事件訴訟法一四条の出訴期間に関する要件を満たしていないことが明らかであるから不適法である。

(原告の主張)

行政事件訴訟法一九条一項は、「原告は、取消訴訟の口頭弁論の終結に至るまで、関連請求に係る訴えをこれに併合して提起することができる。」と規定し、同法一三条二号は「関連請求」として「当該処分とともに一個の手続を構成する他の処分の取消の請求」をあげている。そして、本件における確定の取消及び再確定は返還命令という、「当該処分」とともに一個の手続を構成する他の処分と考えられ、請求の趣旨第一項の理由たる処分の違法性に関する原告の主張は、請求の趣旨第二項と同一であるから、追加的請求にかかる取消訴訟の出訴期間の救済は行政事件訴訟法一九条一項により当然認められる。

第四  本案の争点

一  返還命令取消訴訟において、確定取消及び再確定の違法を主張することができるか(請求の趣旨第二項について)

(被告らの主張)

1 確定の取消・再確定と返還命令は、乙二の3においては、一通の文書で併せて記載されているが、これらは、いずれも公定力を有する一個の独立した行政行為であって、それぞれ別個に行政訴訟を提起することのできる処分である(取消訴訟の対象としても、訴訟物が異なる。)。

そして、確定には返還命令と別個に通知が要求され、適正化法が確定を返還命令とは別個の手続として規定したこと、確定が清算行為あるいは交付決定再審査として補助金請求権の内容決定にかかわるものであるのに対し、返還命令は減額確定後に既払分との差額返還を要求するものであって、両者は目的・性質を異にしているから、違法性の承継は否定されるべきである。したがって、返還命令に関する違法事由として確定の取消と再確定についての違法事由を主張するためには、確定の取消と再確定についての取消訴訟において、まずその公定力を排除する必要があり、それがなされない限り返還命令に対する取消訴訟においては、返還命令固有の瑕疵しか主張することができないといわなければならない。

しかるに、請求の趣旨第一項が出訴期間を徒過した不適法なものであることは前記本案前の主張二(被告滋賀県教育委員会の主張)のとおりであり、また、原告が請求の趣旨第二項において取消を求めているのは、その文言上明らかに返還命令だけであるにもかかわらず、原告は本件「確定の取消」「再確定」の違法事由を主張するばかりで返還命令固有の違法事由を何ら主張していないから、請求の趣旨第二項の主張は主張自体失当というべきである。

(原告の主張)

1 本件補助金返還命令は、補助金に関する「確定の取消」と「再確定」を原因としており、後者は前者を目的としてなされたものであって、これらは被告らの主張するような独立の行為ではなく、一連の統一的な行政行為である。

2 また、仮に両者が独立の行政行為と認められたとしても、本件においては、少なくともいわゆる違法性の承継が認められるべきである。

3 さらに、原告は、後記本案の争点二のとおり、「確定の取消及び再確定は、『確定』の最終的清算行為としての性格からしてありえず、行政処分としては不存在なのであるから、本件返還命令は、その法的要件を欠くものである。」として、本件返還命令の取消訴訟を求めているのであるから、一般的な違法性の承継が認められないとしても、少なくとも右主張が本件返還命令自体の違法事由となることは明らかである。

以上のとおり、請求の趣旨第二項の請求が主張自体失当とする被告らの主張は理由がない。

二  確定の取消・再確定が可能か

(原告の主張)

1 適正化法一五条の「確定」とは、「交付決定内容たる事業費と実績事業費とが符合するか否かを調査確認の上、国が最終的に交付すべき補助金等の金額に変更を加えるべきか否か判断し、これを確定する清算手続行為を意味する。」とされている。

このように、「確定」は同法一五条の規定により交付決定の後、事業の完了ののち、所要の措置をへてなされる「国が、最終的に交付すべき補助金の金額に変更を加えるべきか否かを確定する清算手続行為」であるから、その取消ということ自体が「確定」の概念と矛盾する。

2 また、確定とは、事業が計画どおり交付決定された内容どおり行なわれたかを実績報告書と調査に基づいて行うものであり、いわば、「事業の成果物が予定どおり達成されているか否か、補助金の対象となった経費が予定どおり支出されているか否か、それとも経費が予算をオーバーしたか、あるいは予算より少ない経費ですんだかを確認し、それに応じて補助金の額を確定し、補助金が多過ぎれば返還を求め(適正化法一八条二項による)、少な過ぎれば更に追加して支出することを決める手続」であって、そもそも補助金の申請に不正があったか否かという申請手続の瑕疵(いわゆる補助金の不正受給)を追求するものではない。そして、確定の取消と再確定などという手続は適正化法上明文の根拠はない。他方、交付決定の取消事由につき、適正化法一〇条は「交付決定の後の事情変更により」と規定し、一七条は「補助金の他の用途への使用、決定内容条件違反」と規定して取消事由を列挙しているところ、これらの取消事由は主に交付決定の後に生じた後発的理由であるが、交付決定に原始的瑕疵がある場合にも、同法一七条一項により、一定の要件に従って交付決定を取り消すことができると解されている。以上に照らせば、仮に「確定の取消」「再確定」という事態が概念上肯定されるとしても、本件のような補助金申請段階における原始的瑕疵が認められる場合には、右一定の要件を満たせば、それを理由として適正化法一七条一項に基づいて交付決定の取消をすべきであり、要件を満たさない場には、交付決定はそのまま維持されるべきであって、このような場合に「確定の取消」「再確定」を考えることはおよそ許されない。

3 被告らは、行政処分は公益上の必要があれば、法規違反又は、公益違反が判明した場合には明文上の根拠がなくても瑕疵ある行政行為として処分行政庁が権限により取消、あるいは撤回できるとし、確定の取消・再確定はそれに当たると主張する。

しかしながら、そもそも行政処分の特に授益的行政処分の取消ないし撤回には、明文上の根拠が必要である。

(被告らの主張)

1 一般に、行政上の法律関係は、常に、法規に適合する(法律による行政の原理)だけでなく、公益(行政目的)に合致する状態にあることも要求されているのであるから、授益的行政行為についても、処分後に法規違反又は公益違反の事実が判明した場合には、法令上明文規定がなくても、瑕疵ある行政行為として当該処分をした行政庁(以下「処分庁」という。)が職権によりこれを取り消し、あるいは撤回することができると解される。

2 そして、確定の取消と再確定については、適正化法上、明文規定はないが、これを制限する特段の規定もないのであるから、確定は、右に述べた行政行為の一般理論に従い、処分庁が職権によって取り消し得るものと解すべきである。

また、確定は、争訟の手続を経て行われた行為のように、不可変更力又は実質的確定力を有するものとして取り消すことが許されない行為とは異なるし、また、利害関係人の参加によって行われた確認的性質の行為のように、その性質上取り消すことが許されない行為に当たらないことも明らかである。

3 これに対して、原告は、確定は最終的に交付すべき補助金の額を確定する清算手続行為であるから、確定の取消自体がその概念と矛盾し、確定の取消と再確定という手続はその概念・性質上あり得ない旨主張する。

しかしながら、確定が最終的に補助金の額を確定する清算手続行為であるというのは、①交付申請、②交付決定、③補助事業等の遂行の監督等、④確定という一連の補助金執行の手続において、確定が補助関係を前提として遂行された補助事業の成果を確認することにより補助関係が完結する終着点であり、行政庁が補助金の執行を審査・判断する最後の機会となること、確定によって初めて国の補助金交付決定債務は履行期に達し、確定が概算払に対する清算という実態をもつことを意味するのであって、これにより「確定の取消」が概念としておよそありえないと解することはできない。

4 そもそも適正化法は、補助金等の交付の不正な申請及びその不正な使用を防止し、補助金等に係る予算の執行が適正に行なわれることを目的とするところ(同法一条)、確定決定後に不適正な補助金執行が判明した場合にも確定決定の取消(撤回)がなし得ないとするのは、適正化法の目的に反することになる。すなわち、確定決定後の不適正な補助金執行の是正が交付決定の取消によってのみ行うことができ、確定決定の取消によっては行い得ないと解したのであれば、適正化法が交付決定とは別に確定決定手続を設けた意義が失われるばかりか、不適正な補助金執行によって本来得るべきでない補助金を受けた者が、確定決定の取消という手続を選択した処分庁に対して不正な補助金を保持する主張を容認する結果となり、かえって、右適正化法の目的に反することになるというべきである。

さらに、交付決定の取消権の行使は、補助事業者に義務違反があるということのみで直ちに行い得るものではなく、補助目的の達成の可否に関する補助関係の全過程を通じての総合的判断の上に立って行うべきものであり、また、義務違反による交付決定取消(同法一七条一項)は、補助事業の遂行状況が国の期待に反し、かつ、国が、事業の中止命令(同法一三条二項)や是正措置命令(同法一六条一項)により適正な執行を図る努力をしてもなお適正な事業の遂行ができない場合に発せられるものとされている。このように、交付決定取消が厳格な要件の下でのみ認められていることにかんがみると、交付決定取消が必要となるような重大な義務違反(例えば、補助金の額をゼロとする場合など)とまではいえないが、補助金申請者間の公平等の要請からなお補助金の返還を命ずる必要がある場合、交付決定の同一性を害しない範囲であれば、交付決定時に存した原始的瑕疵をも考慮した確定決定の双方の手続を定めた適正化法の構造にも合致するというべきである。

三  確定の取消・再確定が適法か

(被告らの主張)

1 いったん行政処分がなされると、それを基礎として新たな法律秩序が形成されていくので、相手方の信頼を保護し、法的安定性を尊重する見地から、行政処分の取消・撤回には条理上の制限があり、単に行政の立場ないし公益ばかりでなく、当該処分の性質、内容や処分の取消等によって相手方の被る不利益の程度等を総合判断すべきであると解される。

2 取消の必要性について

本件においては、原告が補助金の交付申請書に添付した収支計算書と実際の決算書類とでは、収入金額に一億円以上もの食い違いがあるという重大な不正があったことによって、文化庁の算定基準における補助金の加算率が歪められ、補助金が過大に交付されるという結果となっていたが、当初の確定は、これを全く考慮せずに行われたものである。そして、適正な補助率を超えて交付された補助金(以下「超過分」という。)については、公益、すなわち適正化法一条に掲げられた目的に合致せず、補助金の公益性から予算の執行の公正等を要求する適正化法三条の趣旨にも反する状態にあった。しかるに、当初の確定を取り消さなければ、最終的に超過分を原告に帰属させることとなって原告に不当な利益を与えるばかりでなく、他の補助金申請者との間でも公平を欠くことになる。したがって、これを是正すべき公益上の必要性は、極めて高いものであったといわなければならず、この点において当初の確定の取消原因が存在したものである。

3 原告の帰責性について

原告は、収支が補助金の算定に影響することを十分に認識していたにもかかわらず、実際の決算書類と大きく食い違う収支計算書を提出したのであるから、その落ち度は大きいものといわざるを得ない。したがって、当初の確定の取消原因は専ら原告の責めに帰すべき事由によって生じたものである。

4 原告が被る損害及び返還命令の公益性について

さらに、原告が返還を請求されている補助金は、本来受けるべきでないにもかかわらず受領した違法不当な補助金の返還であり、原告に保護に値する利益は何ら存しない。そして原告は、過少申告の事実を知しつしていた以上、受益的行政行為に対する信頼を保護する必要もあり得ない。他方で、原告が受領した補助金は不当利得であるところ、国家予算の適正な執行の観点、中でも補助金の性格からすると、法に従い、平等に取り扱われる要請は大きく、その返還を請求する公益上の必要は大きいものである。以上によれば、本件においては、当初の確定を取り消すことが許されると解すべきである。

(原告の主張)

1 瑕疵ある交付決定については公益上必要があれば自由に取り消し得るとする説もあるが、補助金等の交付決定が相手方に債権を発生させる受益的な行政行為である以上、相手方の信頼保護との関連で無制限にこれを認めるのではなく、相手方の信頼保護の必要性を上回る強い公益上の必要がある場合に限定して、これを認めるべきものと解される。

この観点から検討するに、本件では以下の2ないし4の重大な違法があり、本件処分は取り消し得ないものである。

2 確定取消・再確定・返還命令を行うについて、補助金の算定基準及び返還命令の理由の明示を欠き、その根拠もないままに行なわれ、さらに、聴聞、弁明手続を行わなかった点で、裁量権を著しく逸脱した違法がある。

すなわち、補助金の交付にあたっては、補助金の交付についての機関委任事務を行う都道府県教育委員会はもちろん、補助金の交付を受ける文化財所有者に対しても、その額の算定方式や算定基準について、少なくとも補助金交付要綱等により明示されるべきである。ちなみに、地方財政法一一条は、「国庫負担金について経費の種目、算定基準及び国と地方公共団体が負担すべき割合は、法律又は政令できめなければならない」としているが、本件補助金についても、この法律の規定が準用又は類推適用されるべきである。しかるに、本件では補助金の算定基準について文化庁の補助金交付規則(昭和四三年一二月二六日文化庁告示第六号)にも、又、文化財保存事業費及び文化財保存施設整備費関係補助金交付要綱(昭和五四年五月一日文化庁長官裁定)にも、経費の種目、算定基準が明示されていない。したがって、補助金を受ける所有者は、もちろん、教育委員会にすら算定基準等が明示されていないため、原告は、会計検査院の検査の結果、どの点が不適当とされ、どの点が帳簿上の齟齬があるのかが明らかではないままに、既に交付された補助金の返還を命令されている。したがって、本件においては特に聴聞、弁明の手続が行なわれるべきである。

3 補助率算定決定についての裁量逸脱の違法について

文化庁文化財補助金交付規則(乙三の1)二条三項四号は、補助率の決定の算定について、「対象事業者の財政状況」を勘案するために、申請者が地方公共団体以外の法人であるときは、「申請書を提出した日の属する当該法人の会計年度の前年度以前三年間分の収支及び財産の状況を明らかにした書類」の提出を定めている。ここでは、「収支」であって「収入のみでよい」とはしていない。いうまでもなく「財政状況」の判断は収入だけではない。収入が多くても、支出が多ければ利益が少ない。文化財補助金の補助率が定額とされその法人の収入規模のみではなくて、利益があるか否かによって決められるべきである。しかるに「収支」を報告せよとしているにもかかわらず、原告から提出された「収入」のみによって、補助率を決定しているのは不合理であり、これは著しく不合理な基準に基づいて補助金の算定をしていることとなり、裁量の範囲を逸脱していることから違法である。

4 違法な会計検査院の調査により収集された決算書類を根拠とする確定取消・再確定の違法性について

会計検査院による検査は、平成三年三月一四日午後四時二〇分から一五日午前三時にいたるまで、原告方事務所において原告代表者たる長吏が入院し不在であるにもかかわらず、高圧的に深夜にいたるまで帳簿の提出を要求した。特に担当者は、「これから病院へ行き、責任役員が四人いるから代表役員の首に綱をつけて、担いででもここに引っ張ってきたらどうか。決算書類をみせろ」「このままでは宗教法人を解散させる」「光浄院客殿(国宝)を差し押さえる」等と恫喝し威圧した。

これは会計検査院法二五条、二六条の定める検査方法について条理上必要な時間的場所的制限を越え、かつ、被検査者に対し多大の精神的苦痛を与えた点で違法であり、かかる違法な調査により収集された決算書類等を根拠に被告らのいう再確定を行った点で本件処分の違法性をもたらすものである。

(原告の主張に対する被告らの反論)

1 補助金の算定基準及び返還命令の理由の明示を欠き、その根拠もないままに行なわれ、さらに、聴聞、弁明手続を行なわなかった点で、裁量権を著しく逸脱した違法があるとの点について(原告の主張2)

まず、補助金の額の算定方式や算定基準については、文化庁文化財補助金交付規則(乙三の1)等において明示されていないが、その明示を要求する法規はない上、そもそもどの程度の補助を実施するか自体が被告文化庁長官の裁量に属するのであるから、これを明示するか否か、どの程度明示するかについても、被告文化庁長官の裁量に委ねられていると解すべきである。なお、重要文化財(建造物・美術工芸品)修理、防災事業費国庫補助要項(昭和五四年五月一日文化庁長官裁定、乙三の4)においては、補助対象となる経費の種目を明示していたが、平成二年度までは、補助金の額については定額とし、補助金工事決定通知書において補助率を明記していた。

これに対して、原告は、補助金の額の算定方式や算定基準を補助金交付要綱等に明示すべきものとする法的根拠として地方財政法一一条を援用するが、同条は、国と地方公共団体との経費負担に関し、国庫支出金のうちの負担金、すなわち同法一〇条ないし一〇条の三により国において負担することが法律上義務付けられた経費について、国庫負担の明確性及び安定性を担保し、地方行財政の円滑な運営を期するため、経費の種目、算定基準及び負担割合を法令で定めることにしたものであるから、これを本件補助金について類推適用するのは不合理である。

また、返還命令の理由の明示を欠き、その根拠もないままに行なわれたとも主張するが、返還命令は、再確定を根拠とし、その明示もされているので、その主張は理由がない。

2 補助率算定決定についての裁量逸脱の違法の点について(原告の主張3)

原告は、収入のみによって補助率を決定するのは不合理であると主張し、収入から支出を控除した差額である翌年度繰越金を営利法人における純益金に対応するものと見立て、これに着目して補助金の額を算定すべきであると主張している。

しかしながら、文化財保護法三五条一項は、重要文化財の管理又は修理の経費に関する国庫補助は、所有者等の負担能力、すなわち財政状況に応じて実施するものとされているところ、所有者等の財政状況の把握は、繰越金のようなし意の入るおそれの高い項目のみを基準としてなされるべきではなく、所有者等の収入や支出の額及びその勘定科目の挙げ方等も含め、総合的に判断してなされるべきである。

そして、被告文化庁長官が、文化財補助金の交付申請者が地方公共団体以外の法人であるときに「申請書を提出した日の属する当該法人の会計年度の前年度以前三年間の収支(平成三年度の法改正により現在では前々年度以前三年間分の収支)及び財産の状況を明らかにした書類」の提出を求めている(乙三の一、文化財補助金交付規則二条三項四号)のも、申請者が保存修理事業等を遂行する財政的能力を有しているかどうかを審査するためには、単に収入の多寡のみならず、予想される他の支出要因等をも考慮する必要があることや、一部の零細な社寺等における会計処理が必ずしも一般会計原則にのっとって正規になされておらず、補助金の算定基礎に算入すべきではない事項に係る収入支出が混入されているおそれがあるため、そのような場合には当該収支を控除する等の方法により、可能な限り公平かつ平等な取扱いを期するのが妥当であること等の理由によるものである。

したがって、この点に関する原告の主張は失当である。

3 会計検査院の調査及びこれにより収集された決算書類を根拠に再確定を行うことの違法性(原告の主張4)について

会計検査院の検査の過程及び返還命令に至る経緯は次のとおりであって、違法な点はない。

会計検査院は、平成二年度の会計検査において、本件補助金に関する検査を実施するため、平成三年三月、滋賀県内の宗教法人を対象として実地検査を行うことにした。

被告滋賀県教育委員会の職員は、同年三月一二日、原告方に電話をかけ会計検査院が同月一四日に原告方を検査する旨伝えた。その際、執事長から、原告代表者は前日入院した旨の報告があった。

同月一四日会計検査院の担当者二名は、午後四時二〇分ころ原告方に到着し、被告滋賀県教育委員会の職員の立ち会いの下で、補助事業に関する契約書等を検査した後、午後四時五〇分ころから補助率の検査をすべく、決算書類の提示を求めたところ、原告の滋野執事長及び萩原執事は、原告代表者が入院中であり、自分には決算書類を見せる権限がないなどと主張し、その提示を頑なに拒んだ。また、原告代表者も、午後一〇時三〇分ころの電話において、被告滋賀県教育委員会の職員の説得に応じなかった。さらに、午後一一時過ぎころ、滋野執事長が原告代表者の指示を仰ぐため入院先へ行くことになったので、会計検査院の担当者は、その帰りを二時間余り待ったが、滋野執事長は、深夜で会えなかったと報告した。しかも、その後の検査日程の調節に手間取るなどしたため、会計検査院の担当者が原告方を退出したのは翌一五日の午前三時ころであった。

会計検査院の担当者は、同月一五日午後、再び原告方を訪問し、決算書類の提示を求めたが、原告側の態度は前日と変わらなかった。

原告は、平成三年四月二六日午後、代表者らが会計検査院に出向いて決算について説明するとともに、決算書及び確定申告書等の決算書類を提示した。また、原告は、同年六月五日、被告滋賀県教育委員会を経由して被告文化庁長官に対し、会計検査院に提出した決算書類の写しを提出した。

その結果、原告が補助金の交付申請書に添付した収支計算書と実際の決算書類とでは、収入金額に一億円以上の食い違いのあることが判明し、会計検査院から本件補助金の過大交付を指摘されたのを契機として、被告滋賀県教育委員会は、文化庁の指導に基づき、原告に対し、平成四年八月二一日付けで、補助金の額の確定の取消及び再確定を行った上、過大交付額について適正化法一八条二項に基づき本件返還命令処分を行ったものである。

四  確定の取消・再確定は信義則・禁反言の法理に違反するか

(原告の主張)

1 行政行為における信義則の適用について

最高裁昭和六二年一〇月三〇日第三小法廷判決(判例時報一二六二号九一頁)は、租税事件において信義則を適用し得ることを明示しており、その要件として、①税務官庁が納税者に対し、信頼の対象となる公的見解を表示したこと、②納税者がその表示を信頼して行動したこと、③表示に反する課税処分が行われ、そのため納税者が経済的不利益を受けたこと、④表示を信頼し行動したことにつき、納税者の責めに帰すべき理由のないことを挙げている。

2 本件における処分庁の信義則違反を理由づける事情は以下のとおりである。

原告が、国宝・重要文化財の修理等の国庫補助金を申請するに際しては、過去において、被告文化庁長官又は被告滋賀県教育委員会の指導によって収入総額を圧縮して申告するようにとの指導が継続してなされていた。

本件においても、補助金の申請を行うに際して被告滋賀県教育委員会の鈴木順治が、文化庁の担当者からの、申請書に添付された決算書の概要に記載された「収入総額が多すぎて補助金が希望どおりでなくなるので七〇〇〇万円から八〇〇〇万円に圧縮するように」との指示を受けて、それを原告に伝え、原告がそれにしたがって収入総額を圧縮して記載して補助金の申請をした。

被告らは、右申請に基づいて、決算書の収入総額が真実の額よりも過少に記載されていることを知りながら、その額を前提にして算出された文化財保護の補助金の交付決定をした。

平成二年一〇月一日には文化庁、被告滋賀県教育委員会の職員らが原告方を訪れて会計検査を行った際、原告代表者福家俊明から「県教委の指導により申請書に添付する決算書の概要の収入総額と正規の帳簿における収入総額とは相違があり、前者は実際よりも低くおさえられている」との説明を受けたうえで、約一時間にわたって帳簿を閲覧して、その事実を確認した。それにもかかわらず、被告らは、後の会計検査院の検査があると察知するや、長吏の入院を勧めたり、決算書を「差替える」等、会計検査きりぬけ工作を積極的にすすめた。

3 本件における信義則の適用について

本件は、租税関係と補助金との違いはあるが、①被告文化庁長官とその委任を受けた被告滋賀県教育委員会が、補助金交付申請の段階から、収入圧縮の指導をしていること、そして、これは単なる一税務署員のアドバイスなどと違った補助金交付権限者の行為であり、しかも途中で自ら会計検査を行って、収入の不一致を知りながら確定をするように、「公的見解」を表示していること、②原告は、その表示を信頼して行動したこと、その結果、表示に反する処分が行われ、原告は不利益を受けたこと、③表示を信頼して行動したことについて、原告に責められるべき理由がないことの点で、判例の立場からしても信義則違反、禁反言の法理違反が認められるべきである。

また、本件は、行政庁の過失による誤った表示を信頼したのではなく、行政庁の積極的な指導にしたがったのであるから、補助金の受給者の責を問うべきものではない。

さらに、本件の場合は、課税処分ではなくて補助金の交付に関する処分であって、一種の契約的関係に近い行為であることから、課税処分の信義則のような四つの要件は必要ではない。

その上、本件における、収入総額を圧縮せよとの文化庁及び被告滋賀県教育委員会鈴木氏らによる原告への指導は、誘導目的又は助成助言目的を有しているので、単なる「教示」ではなく、これを行政指導と見ることができる。

したがって、自ら行政指導を行った行政機関たる被告らがそれを理由として返還命令処分をすることは信義則・禁反言の法理に違反し、違法無効というべきである。

(被告らの主張)

1 原告は、租税事件においても、一定の場合にあっては信義則を適用し得る余地があることを判示した最高裁昭和六二年一〇月三〇日判決(以下「本件判例」という。)を引用し、租税関係と補助金との違いはあるものの、本件については信義則及び禁反言の法理が適用されると主張している。

すなわち、原告は、本件判例が判示した信義則が適用されるための四つの要件(①納税官庁が納税者に対し、信頼の対象となる公的見解を表示したこと。②納税者がその表示を信頼して、行動したこと。③表示に反する課税処分が行なわれ、そのため納税者が経済的不利益を受けたこと。④表示を信頼し行動したことにつき、納税者の責に帰すべき理由のないこと)のすべてを満たすと主張している。

しかし、仮に補助金制度に関して信義則及び禁反言の法理の適用があるとしても、本件においては以下のとおり四要件を満たさないから、原告の主張は失当である。

2 本件判例の①の要件について

(一) 原告は、被告文化庁長官とその委任を受けた被告滋賀県教育委員会が補助金交付申請の段階から、収入圧縮の指導をしていたとして、これは単なる一税務署員のアドバイスなどと違った補助金交付権限者の行為であるとし、右担当者の指導をもって「公的見解」に該当すると主張するが、このような事実はない。

(二) まず、原告の主張するような被告滋賀県教育委員会の単なる担当者が申請者に対してする指導は、補助金交付に至る手続過程の出来事にすぎないのであり、本件判例にいう「税務官庁」の「公的見解」と同列に扱われるべき「公的見解」あるいはそれに類する行為とは認め難いものである。

すなわち、被告滋賀県教育委員会は、そもそも交付決定に関する権限を有しないのであって、鈴木、宮本の両職員も特定の行政行為に関する「自己拘束の意思」を持った意思表示をする権限は何ら有していない。したがって、仮に、右両名が原告に対し、本件補助金に関して何らかの示唆や助言を行った事実があったとしても、それは、現場で文化財修復に従事する者が、何らの権限なく事実上行ったものにすぎないのであって、それをもって被告らの意思表示ということはできない。

(三) 次に、原告は、「被告文化庁長官とその委任を受けた被告県教育委員会が補助金交付申請の段階から、収入圧縮の指導をしている」と主張しているが、事実に反する。被告文化庁長官が、原告に対して直接に、あるいは、被告滋賀県教育委員会に対してそのような指導助言をするように指示したことはなく、被告滋賀県教育委員会においても、原告に対し、収入を低く抑えて補助金申請をするように指導助言したことはない。

確かに、被告滋賀県教育委員会の職員が、原告代表者である福家俊明に対して、補助金制度の趣旨や補助金が交付される際には、申請者の財政状態が補助率を決定する際の一判断要素となり、一般論として財政ひっ迫した寺に対しては補助率が高く、財政的に豊かな寺に対しては補助率が低くなる旨の説明をしていた事実はある。しかし、右説明は、あくまで一般的な説明としてなされたものであり、原告が主張するように昭和六三年四月九日付けの「昭和六三年度国宝重要文化財等保存整備費補助金交付申請書」において、実際には二億数千万円(昭和六〇年度約二億五〇〇〇万円、昭和六一年度約二億七〇〇〇万円、昭和六二年度約二億五〇〇〇万円)の収入があったのに約七〇〇〇万円(昭和六〇年度約七〇〇〇万円、昭和六一年度約八〇〇〇万円、昭和六二年度約七〇〇〇万円)の収入しかなかった旨の真実と異なる内容の添付書類を提出するなどと具体的な金額を前提にした指導助言をしたことはない(乙四の1、同8)。

また、原告は、被告らによる「指導」が常態化していた旨主張しているが、そのような事実もない。

(四) 次に、被告らにおいては、文化財保存修理事業及び文化財防災施設事業の実施に当たり、文化財所有者において施行内容が所有者として受容し得るものか否かを確認するとともに、予め事業資金を準備する必要から、施行内容が文化財の保存及び活用並びに予算の執行という観点から適切なものであるか否かを確認するとともに、所要の予算措置を行う必要から、それぞれ前年度に事前の準備作業を行っていることはある。しかし、この点における事業計画は、あくまで実施年度における補助事業の適切かつ円滑な遂行のための準備にとどまるものであって、被告文化庁長官が文化財所有者に対して補助事業としての採択並びに計画に挙げられた補助率及び補助金の額等を保証するものではない。

(五) また、被告滋賀県教育委員会は、原告の「道具」として、あるいは「手足」として交付申請書の様式の作成や浄書等の作業を代行したことはあるが、その代行作業者はすべて原告提出の資料に基づいて行っていたものである。

したがって、申請書は同被告が主体的に作成するのではなく、まして「決算書の概要」の内容について被告らは関知するものではないのであるから、その内容の適正についてはあくまで原告に責任があるというべきである。

(六) なお付言するに、原告は、原告が主張している当時の被告滋賀県教育委員会の職員であった鈴木順治による「指導」の有無にかかわらず、原告が虚偽の申請により過大な補助金の交付を受けようとしていたものである。

3 次に、本件判例の③の要件について検討するに、本件の補助金の額の確定という公的見解と異なる処分、すなわち、補助金の額の再確定及びこれに基づく返還命令が行なわれることによって補助事業者たる原告が経済的不利益を受けたという事実は存しない。

なぜなら、原告は、補助金申請をするにあたり、その収支状況に関して事実に反する記載のある書類を提出し、本来交付されるべき額を上回って過大に補助金の交付を受けていたものである。被告の再確定に基づき過大に交付を受けていた金額の返還を命ぜられたとしても、原告に対して本来交付されるべき補助金の水準は(その性質上、申請者から申請のあった事業の規模・内容、必要性、緊急性、文化財補助事業全体における右事業の位置づけ、申請者の財政状態等、諸般の事情を考慮の上で)、その専門的、技術的裁量に基づき被告文化庁長官が交付決定すべきであった補助金額と同一であって、原告にとっては、本来受けることのできない経済的利益を返還するに過ぎないからである。

4 原告は、被告らが、原告の実際の帳簿と決算書の概要との金額が不一致であることは十分知っていたと主張しているが、被告らにおいて、原告による従前の説明が誤りであり、真実は正規の帳簿に基づく決算書類(乙八)記載のとおりであることを初めて知ったのは、原告代表者が平成三年四月二六日に会計検査院に出向いて決算について説明するとともに、決算書(乙八)及び確定申告書等の決算書類を提示し、さらに、原告が、同年六月五日に被告滋賀県教育委員会を経由して被告文化庁長官に対して、会計検査院に提出した右決算書類の写しを提出したことによるものである。したがって、被告らは、原告の右過少申告を知らなかったものである。

なお、原告は、平成二年一〇月一日の文化庁による補助金実態調査団園城寺現地調査の際に「文化庁伝統文化課普及助成室助成係長関根新一氏、同じく建造物課文部事務官山浩一氏、さらに被告滋賀県教育委員会文化財保護課建造物係長大塚博氏が、原告備付けの法人の正規の決算帳簿類を点検し、決算書の概要と帳簿上の数字が収入面において一致していないことを原告側の説明に基づいて確認している。」と主張しているが、これも事実に反している。

被告らは、平成二年一〇月一日の適正化法二三条に基づいた文化庁職員による補助金実態調査園城寺現地調査において、平成元年度建造物修理事業を対象に調査したときに、帳簿等の関係書類を見せられたことはあるが、それは、決算書の提示をめぐり園城寺の代表者である長吏から絶対に見せられないと強く拒否され、同人との議論の末、コピーやメモを取らないという条件で、文化庁の職員が関係書類を一べつしたに過ぎなかった。このため、その内容を正確に把握することは全く不可能であったのである。

第五  証拠

証拠関係は、本件記録中の書証目録及び証人等目録の記載を引用する。

第六  本案前の主張に対する検討

一  本案前の主張一(被告適格)について

原告は、請求の趣旨第二項のとおり、行政処分の取消を求めているが、行政処分の取消訴訟において、被告適格を有するのは、処分をした行政庁である(行政事件訴訟法一一条一項)。

そして、行政庁相互の間においていわゆる権限の委任がされた場合に、委任を受けた行政庁が委任された権限に基づいて行政処分を行う場合には、受任した行政庁はその処分を自己の行為としてするものであるから、その処分の取消を求める訴えは、右受任した行政庁を被告として提起すべきものであって、委任した行政庁を被告として右訴えを提起することは許されないと解するのが相当である(最高裁昭和五四年七月二〇日判決・判例時報九四三号四六頁)。

これを本件についてみると、被告滋賀県教育委員会は、地方自治法一四八条別表三・二(十)、適正化法二六条、同法施行令一六条一項の各規定に基づき、昭和四三年六月一五日文部省告示第一七三号(乙一の1)及び同日大臣通知文会総第二九八号(乙一の2)をもって、被告文化庁長官から、適正化法一八条二項の返還命令事務を委任されており、被告滋賀県教育委員会が右委任に基づいて本件補助金返還命令を行ったこと(乙二の3)は明らかである。

したがって、被告文化庁長官は請求の趣旨第二項の請求について被告適格を有しないから、同被告に対する請求の趣旨第二項の訴えは却下を免れない。

この点、原告は、本件補助金返還命令が、被告文化庁長官に促され、同被告と被告滋賀県教育委員会の協議の上でなされたものであると指摘するが、仮に右原告指摘の事実が存在したとしても、これにより本件補助金返還命令を行った主体が被告文化庁長官であると解することはできないから、原告の主張は理由がない。

二  本案前の主張二(出訴期間)について

1 訴えの追加、併合も訴えの提起の一種であるから、出訴期間経過の有無は、訴えの追加、併合がされたときを基準として判断するのが原則である(最高裁昭和二六年一〇月一六日判決・民集五巻一一号五八三頁参照)。

しかしながら、訴訟継続中に、訴えの追加、併合によって新たな訴訟が提起された場合、訴えの追加、併合がされた後の請求に係る訴え(新訴)が、本来であれば出訴期間を徒過し、不適法と見られる場合でも、変更、併合前後の請求の間に訴訟物の同一性が認められるとき、又は、変更、併合後の新請求に係る訴えを当初の訴えの提起の時に提起されたものと同視し、出訴期間の遵守において欠けるところがないと解すべき特段の事情がある場合には、当初の請求に係る訴え提起(旧訴)によって、新訴も提起されていたものとして、救済をはかることが例外的に許されるものと解するのが相当である(最高裁昭和五八年九月八日判決・集民一三九号四五七頁、同昭和六一年二月二四日判決・民集四〇巻一号六九頁参照)。

2 そこで検討するに、本件は、被告滋賀県教育委員会が、平成四年八月二一日に行った既に確定していた補助金額の確定の取消、再確定、超過分の返還命令に対し、原告が、平成四年一一月一九日、右返還命令の取消を求める訴え(請求の趣旨第二項)を提起し、平成六年六月二日、右「確定の取消、再確定」の取消を求める訴え(請求の趣旨第一項)を追加的に提起したものであるところ、右取消の対象となる処分は別であるから、両訴えの訴訟物が同一であるとはいえない。

しかしながら、本件においては、原告が、請求の趣旨第二項の請求について主張する返還命令の違法事由は、専ら、右確定の取消、再確定に関するものであること、本件確定取消、再確定、返還命令が、一個の通知でなされていたこと(乙二の3)、両処分の主体は同一であることが認められる。また、適正化法一八条二項は、返還命令について、「確定した場合において、」「その返還を命じなければならない」と規定しており、確定手続と返還命令との間には連鎖的な関連性も認められる。

このような、本件確定取消、再確定、返還命令が行なわれた経緯、旧訴における原告主張の違法事由の内容、本件処分の通知の仕方、主体の同一性、適正化法における返還命令と確定との関係に照らし、かつ、原告が平成五年五月二七日受付の準備書面の中で、返還命令取消請求はその先行行政処分たる確定の取消と再確定の通知の違法を主張し、その取消を求める趣旨を含む旨主張している経緯をも考え合わせると、本件においては、原告は、当初の訴えの提起の時に「確定取消・再確定」の取消を争う意思を表明していたものと解することができ、したがって、「確定取消・再確定」の取消を求める訴えは、当初の訴えの提起の段階で提起されたものと同視し、出訴期間の遵守において欠けるところがないと解すべき特段の事情があると認めるのが相当である。したがって、被告滋賀県教育委員会に対する請求の趣旨第一項の訴えは適法と認められる。

第七  本案の争点に対する判断

一  本案の争点一(返還命令取消訴訟において主張し得る違法事由の範囲)について

本案の争点一に関する被告滋賀県教育委員会の主張は、請求の趣旨第一項の請求にかかる訴えが出訴期間を徒過した不適法なものであることを前提とするものであるところ、同訴えが適法なものと認められることは、前記第六の二において判断したとおりである。

また、本件返還命令は、確定の取消及び再確定の存在及び有効性を前提にしているため、その不存在及び無効(重大かつ明白な瑕疵の存在を前提とする)を違法事由として主張することは許されると解されるところ、原告は、後記本案の争点二のとおり、「確定の取消及び再確定は、確定の最終的清算行為としての性格からしてありえず、行政処分としては不存在なのであるから、本件返還命令は、その法的要件を欠くものである。」と主張し、本件確定の取消及び再確定の不存在を理由として本件返還命令の取消訴訟を求めているのであるから、少なくとも右主張が(その当否は別論として)本件返還命令自体の違法事由となることは明らかである。

したがって、請求の趣旨第二項の請求が主張自体失当とする被告滋賀県教育委員会の主張は理由がない。

二  本案の争点二(確定の取消・再確定の可否)について

1 本件の確定は、適正化法一五条に基づくもので、行政処分であると考えられるが、被告滋賀県教育委員会は、その確定を取り消したと主張しているところ、適正化法上には、確定の取消について何ら明文の規定がない。そこで、明文の規定なくして行政庁が本件確定のような授益的行政処分を取り消すことができるかどうかが問題となる。

この点については、当該行政処分が、異議の決定、訴願の裁決等のように、一定の争訟手続に従い、当事者を手続に関与せしめて、紛争の終局的解決を図る手続であって、行政庁が、取り消し得ない拘束を受けるものでない限り、処分をした行政庁その他正当な権限を有する行政庁において、自らその違法又は不当を認めて処分の取消によって生ずる不利益と、取消をしないことによってかかる処分に基づき既に生じた効果をそのまま維持することの不利益とを比較考量し、しかも当該処分を放置することが公共の福祉の要請に照らし著しく不当であると認められる限度において、これを取り消すことができると解するのが相当である(最高裁昭和三一年三月二日判決・民集一〇巻三号一四七頁、同昭和四三年一一月七日判決・民集二二巻一二号二四二一頁、同昭和六三年六月一七日判決・判例時報一二八九号三九頁参照)。

そして、確定が、右のような、行政庁を拘束する効力を有しないのは明らかであるから、確定の取消も右のような一定の要件の下に可能であり、確定が取り消された場合においては、新たに確定(再確定)をなしうるものと解するのが相当である。

この点、必ず明文の根拠を必要とするという原告の主張(原告の主張2)は採用しない。

2(一)  もっとも、原告は、①確定とは最終的に交付すべき補助金の額を確定する清算手続であるから、その確定の取消を認めることはその概念と矛盾し、概念上ありえない、②確定の手続は交付申請手続の瑕疵の審査を予定しておらず、適正化法は確定の取消について明文の規定がない一方、交付決定の取消について、同法一七条に明文の規定を置いているのであるから、交付申請の不正(瑕疵)が発覚した場合において、既に確定が終了していた場合には、確定の取消によらず、交付決定の取消によるべきであると主張している(原告の主張1)。

(二)  しかしながら、まず、確定が最終的な行為であるという意味は、交付手続のうち、最終の段階であるという意味にとどまり、その取消を許さないという意味まで有するものではない。その他、清算手続であるということや、条件を付すことが許されないということと、取消を許さない行政処分であるということとは論理的関連性はなく、概念上有り得ないという主張は失当である。

(三)  次に、原告の交付決定の取消によるべきであるという主張について検討するに、まず、交付申請の不正が発覚した場合について、交付決定の取消が許されるかどうかについては、法に明文の規定がなく解釈に委ねられるが、適正化法の立法趣旨、目的に照らして、その取消は当然許されるものと解される。

次に、交付申請の不正が発覚した場合においては、右の交付決定の取消によるべきであって、確定手続あるいは、確定が終了している場合には、確定の取消・再確定によるべきでないかどうかが問題となる。

この点、確かに、確定とは、実績報告書等に基づいて行なわれることを予定しており、交付申請書の再度の審査を予定しているものとはいえない。しかしながら、そもそも確定については、減額確定も認められており(適正化法一八条二項はそれを前提としている。)、確定手続において、定率補助の場合に補助率を使用したり、定額補助の場合に不要分を減額したりして、新たに交付すべき金額を変えることは性質上可能であると解される。

また、適正化法の目的の一つには、不正な申請の防止にあるから、全ての補助金等交付手続は右目的に即して解釈されるべきものである。そして、前述したように、確定とは交付手続の最終段階における手続であり、確定により交付すべき額が最終的に定められることからすれば、確定手続においても、不正な申請であることが発覚した場合にはそれに対処する方法が認められるべきであり、交付決定の取消が認められているという理由だけから、その他の方法については同法が全面的に禁止していると解するのは不合理というべきである。

もっとも、確定は、交付決定の存在を前提にしており、また、実績報告書に基づいて客観的に行なわれることを予定しているため、交付決定権者の裁量権を侵害するような確定を為し得ないことはもちろん、確定手続で右裁量権を行使することも許されない。

しかしながら、不正な申請が発覚した場合において、不正がなかった場合を仮定して、算定基準における補助金の加算率を利用して、補助率や補助額を確定(既に確定している場合には、確定取消、再確定)を行うことは、交付決定権者の補助を行うという判断を前提にしている点で交付決定権者の裁量権を侵害するものとはいえず、また、算定基準における補助金の加算率を利用する点において、何らかの裁量権を行使したとは解されない。

したがって、不正の申請があった場合において、それを理由として確定の取消を行うことは許されるものと解され、その結果、再確定において、補助金交付を前提に、算定基準における補助金の加算率を利用し確定することは許されるものと解するのが相当である。

なお、本件では、特に交付決定権者である被告文化庁長官の指導により、確定取消・再確定をしたというのであるから、どのような解釈をとろうとも、少なくとも交付決定権者の決定権限を侵害したもので取り消されるべき違法とまでは評価できない。

以上のとおりであるから、原告の主張は理由がない。

三  本案の争点三(確定の取消・再確定の適否)について

1  次に確定の取消及び再確定が、本件において適法であるかどうかについて検討する。

(一) 本件のように行政庁が明文に規定のない「確定の取消」「再確定」を行いうるためには、右二で述べたとおり、単に行政上の必要性があるというだけでは足りず、取消の結果、相手方が被る不利益を上回る公益上の必要があることを要する。そして、この公益に適合するかどうかについては、当該行政処分の性質・内容、取消の必要性の程度、相手方の被る不利益の程度等を総合的に考慮して判断するのが妥当である。

(二) そこで、まず、本件の確定の性質、内容について検討する。

適正化法一五条は、「補助事業等の完了又は廃止に係る補助事業等の成果の報告を受けた場合においては、報告書等の書類の審査及び必要に応じて行う現地調査等により、その報告に係る補助金等の成果が補助金等の交付の決定の内容及びこれに附した条件に適合するものであるかどうかを調査し、適合すると認めたときは、交付すべき補助金等の額を確定し、当該補助事業者等に通知しなければならない。」と規定する。

すなわち、確定とは、交付決定内容たる事業費と実績事業費とが符合するか否かと調査確認の上、国が最終的に交付すべき補助金等の金額に変更を加えるべきか否か判断し、この額を定める清算的手続行為である。

そして、完了実績報告書に係る補助事業等の事業実績が交付決定の内容と一致する場合には、国が最終的に交付すべき補助金等の金額を当初の交付決定金額と同一であることを単純に確認すれば足りるが、一致しない場合には減額確定、増額確定が可能である。

このように、確定とは、単なる確認行為のほかに、交付決定により相手方の取得した補助金等交付請求権の内容を変更する処分という性格を有するものである。

(三) 次に、取消の必要性の程度について検討する。

被告滋賀県教育委員会は、確定を取り消す理由として、原告が補助金交付申請書に添付した収支決算書と実際の決算書とでは、収入金額に一億円以上もの食い違いがあり、文化庁の算定基準における補助金の加算率が歪められた結果、補助金が過大に交付され、確定されたと主張しているところ、右収入金額の大幅な差異については当事者間に争いはない。

しかし、適正化法は、補助金等の交付の不正な申請及び補助金等の不正な使用の防止その他補助金等に係る予算の執行並びに補助金等の交付の決定の適正化を図ることの目的としているところ、右のとおり、実際の決算書と異なる収支決算書を補助金交付申請書に添付して交付申請することは、右法が防止しようという補助金等の交付の不正な申請に反するものであり、本件においてはその程度も収入金額について一億円以上の食い違いがある結果、補助率を歪め、一〇四三万円以上も過大に交付されたことになるというもので、現に予算執行の適正を害しているのみならず、その結果も看過できない著しいものである。したがって、公益を図る必要性は極めて高いといわざるを得ない。

(四) 一方、交付を受けた原告に被る損害について検討するに、原告代表者尋問の結果及び証人鈴木順治の証言によれば、原告は、実際の収入金額で申請すれば期待している補助金額を得られないため、あえて収入金額を圧縮して申請したことが認められる。したがって、このような原告から、過大に交付された補助金を取得させないため、確定を取り消しても何ら原告に対し不測の損害を与えたということはできない。

(五)  以上に認定、判断した本件確定の性格、内容、取消の必要性、原告が被る損害の有無を総合考慮すれば、本件確定の取消は適法なものとして許容されるというべきである。

また、前述のとおり、確定の取消が認められる場合には、実際の決算書類を基に、文化庁の算定基準における補助金加算率を用いて計算して、再確定をすることも可能であると解されるところ、本件再確定は補助金返還額計算書(乙九)のとおり、右基準に基づき確定しているのであるから、右再確定も許されるものと解される。

2  この点、原告は種々の点を指摘して本件「確定の取消」及び「再確定」の違法を主張するので、以下、順次検討する。

(一) まず原告は、「本件において被告滋賀県教育委員会は、確定取消・再確定・返還命令について、補助金の算定基準及び返還命令の理由の明示を欠き、その根拠もないままに行なっている上、聴聞、弁明手続を経由していない点で、裁量権を著しく逸脱した違法がある。」と主張している(原告の主張2)。

しかし、補助金の額の算定方式や算定基準については、これの明示を要求する法規はない上、そもそもどの程度の補助を実施するか自体が被告文化庁長官の裁量に属するのであるから、その明示するか否か、どの程度明示するかについても、被告文化庁長官の裁量に委ねられていると解すべきである。なお、当時の文化財保存事業費及び文化財保存施設整備費関係補助金交付要綱(乙三の2)及び文化財保存事業費及び文化財保存施設整備費関係国庫補助実施要領(乙三の3)には、算定基準及び算定方式が明示されていなかったが、その後の改正により明示されることとなった(甲一)。

これに対して、原告は、地方財政法一一条を援用して、補助金の額の算定方式や算定基準を明示すべきと主張するが、同条は、国において負担することが法律上義務付けられた経費について、経費の種目、算定基準及び負担割合を法令で定めることにしたものである。原告は、文化財保護法三五条に基づく補助金を交付することは、被告文化庁長官の完全な裁量に委ねられているわけではなく、き束裁量であると主張しているが、少なくとも法律上義務づけられているとはいえないので、本件補助金の場合に類推するのは不合理である。

以上のとおり、確定手続の中で、交付決定時に、算定の基礎とした収入額と実際の収入額が食い違った場合において、実際の収入額を基礎として、算定基準における補助金の加算率を利用して、補助率又は補助金の額を決定した場合においても、交付決定の場合と同様にその算定基準及び算定方式を明示する必要はないと解される。

また、確定額変更の理由については、補助金の額の確定通知書及び返還命令書(乙二の3)記載のとおり、交付申請書に添付された収支決算書と寺に備えられた収支決算書の間に相違があることが判明、これにより補助金の算定に影響を及ぼしたためと明記されているので、この点に関する原告の主張は理由がない。

さらに、聴聞、弁明の手続が必要の要否については、行政処分の取消を行う場合において、必ずそのような手続を必要とするとは解されず、本件においても、特にその手続が必要であるとは認められない。

以上のとおりであるから、原告の主張は採用できない。

(二) また、原告は、「補助率の算定を収入のみで行うことは不合理であり、収入から支出を控除した差額である翌年度繰越金に着目して補助金の額を算定すべきである。」と主張する(原告の主張3)。

乙九によれば、被告滋賀県教育委員会は、総事業費を年間平均収入額で除した数値から加算率を出した上、補助率を決定したことが認められる。

しかしながら、補助金の額の確定その他交付に係る事項は、被告文化庁長官の専門的、技術的裁量判断にゆだねられており、どの項目に着目して補助金の額を決めるかについても、被告文化庁長官の判断に委ねられていると解されるから、様々な要因を総合勘案して補助を行うという判断を行った上で、第一次的に収入を基準にして補助率を決定したとしても何ら裁量を誤ったものとはいえず、原告の主張は採用できない。

また、原告が主張する繰越金を基準とすることは、繰越金が単に当該年度の収入から支出を差し引いた概念上の数額にすぎず、その性格上、会社における「利益」に比較しても容易に操作ができるものであり、また、その計算が一般会計原則にのっとって正規になされていないおそれが大きいのであるから、それを財政状況を判断する際の指針とすることは不合理であると考えられる。

よって、この点に関する原告の主張も採用できない。

(三) さらに、原告は、被告滋賀県教育委員会が、会計検査院の違法な調査により収集された決算書類等を根拠に、再確定を行った点で、本件処分の違法性をもたらすと主張している(原告の主張4)。これに対し、被告滋賀県教育委員会は、同被告が実績報告書に基づいて確定したと主張した上で、原告が、平成三年六月五日、被告滋賀県教育委員会を経由して、被告文化庁長官に決算書及び確定申告書等の決算書類の写しを提出したことを契機として、再確定を行ったと主張している。

ところで、原告は、最終準備書面において、平成三年四月二六日、原告が会計検査院に自主的に正規の帳簿を提出すると共に、文化庁へも会計検査院に提出した副本を提出したために、返還命令を出したとも主張するに至った。

このようにみると、被告滋賀県教育委員会が、確定の取消・再確定を行う理由として用いられた資料は、会計検査院の収集により得られた資料等を根拠にしているわけではなく、自主的に提出されたものであり、原告の主張は、その前提を欠くものというべきである。

よって、会計検査院の調査が違法であるかどうかを判断するまでもなく、原告の主張は採用できない。

四  本案の争点四(信義則違反・禁反言の法理違反による違法無効事由の有無)について

1  被告文化庁長官又は被告滋賀県教育委員会は、原告の本件の補助金交付申請に際し、収入総額を少なくして申告するようにと指導し、また、被告文化庁長官は、交付決定をするに際し、真実の額よりも過少に記載されていることを知っていたとの主張について

(一) 原告の会計担当者である証人萩原芳定は、この点次のとおり供述している。

文化財を補助金を利用して修理などを行おうとする場合には、まず、滋賀県の文化財保護課の方へ申し出、県の技官が下見に来た後、県側から、原告の負担額を伝えられ、その後、補助金交付申請書を作成する。申請書に添付する収支決算書及び財産状況の書類は原告が作成して県に提出する。その際、大体の補助金の額が決められているので、その額と決算書の概要の総額のバランスが保たれていないときには、県から、収入総額を減らすように指示がある。本件の交付申請書の作成についても、右と同様である。昭和六三年度の補助金については、まず、予算書の概要(甲七八)を県に提出したところ、文化財保護課の鈴木順治から、七、八千万円にするように指示されたため、そのように訂正して提出した。

過去にも収入の総額を下げるように指導されたことがある(甲八二の1ないし7)。

(二) また、当時滋賀県文化財保護課建造物修理の技術職員であった証人鈴木順治は、この点次のとおり供述している。

所有者の補助金の申し出があった場合には、文化庁の建造物管理の専門の調査官とともに、現場に赴き調査した後、総事業費を算出する。その際には、国の補助率が未定であるが、長年の経験と、当時では、六五から八五パーセントの間に決まっていたことから、所有者と協議しながら、補助率を書き込んでいた。そして、交付申請書は、工事着工と同時に提出されることが多い。

本件の昭和六三年度補助金交付申請については、原告が添付した決算書の概要と原告の希望する補助率を記載して、文化庁に提出したところ、文化庁の建造物関係の技官から、この額ではとても申請書に予定されている補助金は出ないといわれたため、いくらぐらいであればいいのかと質問したところ、六とか、七とか、八とかの数字を聞き出した。そこで、原告代表者に対し、おたくの三年間の経費ではとてもお望みの補助率は出ない、だから下げたほうがいいんじゃないですかと告げてさらに、聞き出した数字も伝えた。

その後、原告から収入額を変更した概要書を受け取って、差し替えという形で文化庁の右技官に提出した。

右技官は受付の仕事をしている人であり、事務系の人ではないから、事務系を回らないと決済はおりないのだと思う。

本件のうち、平成元年度の美術品防災施設事業と平成二年度の事業を担当していた同じ技術担当の宮本忠雄にも、収入総額を下げたことを伝えた。

(三) 滋賀県教育委員会調査員の証人宮本忠雄は、この点次のとおり供述している。

交付申請書添付の決算書の概要の作成に関与したことはない。収入総額を下げるように指導したこともない。

(四) 原告代表者福家俊明は、この点次のとおり供述している。

文化財を修理しようとするときには、補助金をもらわなければならないが、そのためには、県から寺に、国の補助金、補助率がはっきりと連絡される。その後、事業年度の二月ころに文化庁と県との話合いが固まると内示という形で通知が来る。

鈴木順治から電話を受けた記憶はないので、萩原が受けたのだと思う。その内容は、決算の概要の総額を抑えなさいということであった。急いで収入総額を抑えた決算書の概要を作成し提出した。過去にもこのようなことがあった(甲八二の1ないし7、同九一の1、2、同九三)。

(五) 以上の各供述及びそれに沿う前記関係各証拠によれば、本件補助金交付申請にあたり、原告が、決算書の概要を県に提出したところ、被告滋賀県教育委員会の技術職員であった鈴木順治から、右添付書類の金額では原告の希望する補助金は出ないと言われ、決算書の概要の収入総額を七、八千万円に下げた方が良いのではないかとの趣旨の助言を受けた事実が認められる。

しかしながら、その内容はあくまで助言に止まり、指導と評価しうる程積極的なものであったとは認められない。また、鈴木順治は被告滋賀県教育委員会の技術職員に過ぎないことに照らせば、右認定事実から、右助言が、被告文化庁長官あるいは文化庁職員によりなされたものであるとか、被告滋賀県教育委員会を代表してなされたものであると認めることはできず、他にこれを認めるに足りる証拠はない。

したがって、右認定事実から、本件補助金交付申請において原告が行った収入総額の過少申告が被告らの指導によるものとまでは認められない。

また、原告代表者は、交付申請前に、補助金率について文化庁及び県の合意により定まると供述しているけれども、そのような合意は適正化法上有り得ない上、その合意を認めるに足りる確証もない。

2  被告滋賀県教育委員会は、確定の際に、補助金申請に添付された収入総額が真実の額よりも過少に記載されていることを知りながら、確定をしたとの主張について

(一) 証人萩原芳定は、この点次のとおり供述している。

平成二年一〇月一日、文化庁の会計調査があった。文化庁から助成室係長関根と建造物課の職員の計二人が来たので、決算書の概要に対応する帳簿(甲八〇の1ないし5)を約一時間にわたり見せた。この際、原告代表者が、指導により申請書の決算書の概要の方が低くなっていると説明した。ただし、原告代表者は、コピーやメモを取らないようにと言っていた。帳簿を手渡しにしていたかどうかについては記憶にない。

平成三年三月二日、宮本忠雄が原告方に来て、決算書の概要の総額をそのままにして繰越金を正規の決算書と合致させることにした。その際、作成した文書が甲八七である。

(二) 証人宮本忠雄は、この点次のとおり供述している。

平成二年一〇月一日の文化庁の調査については、その後に関根から、決算書の帳簿を見ていないと聞いた。

平成三年二月二〇日に、原告の滋野執事長が来て、決算書の概要を差替えたいとの要望があり、三月一日、差替文書を受け取った。繰越金が変わるということであった。その文書は文化庁の関根に送付した。甲八七の文書は、原告代表者の指示をそのまま記載したものである。差替の理由については、関与していないので分からない。

(三) 原告代表者は、この点次のとおり供述している。

平成二年一〇月一日の文化庁の会計調査があったので、担当者の関根に寺に備え付けの帳簿を見せた。但し、メモやコピーは遠慮してくれと言った。決算書の差替は宮本が正規の帳簿を見ながら作成したものである(甲八七)。

(四) 右の供述及びそれに沿う前記関係各証拠から判断するに、文化庁職員関根らが、平成二年一〇月一日に、原告方に会計調査に訪れ、正規の帳簿を閲覧したこと、平成三年三月ころ、宮本が甲八七を作成したこと、原告から提出を受けた決算書の概要の差替文書を関根に送付したことが認められる。

しかしながら、他方、右関根らの調査の際、原告代表者が正規の帳簿のメモ及びコピーを禁止したこともまた認められ、そのような状況下で、三年間にわたる帳簿関係書類を正確に把握することは困難であると考えるのが自然であり、原告主張のように、関根らが正規の帳簿との食い違いをつぶさに確認した事実までを認めることはできないというべきである。

また、原告は、平成三年二月二〇日に、県職員宮本が、収入総額についても正規の帳簿を確認したと主張し、その根拠として甲八七を提出しているが、甲八七が決算書の概要の差替文書や下書といい得るようなものでなく、その前提となる計算を記したメモ書であることに照らせば、仮に宮本が正規の帳簿を確認していたとすれば、正規の帳簿に基づく収入総額(乙八)が甲八七の総額欄に記載されているのがむしろ自然である。ところが、甲八七には正規の帳簿に基づく収入総額の記載が無いばかりか、収入総額欄には、正規の収入総額に比較して約一億円も低い金額が記載されているのであって、右事実に照らせば、宮本が甲八七を作成した一事から、その際に同人が正規の帳簿を確認していた事実までを認めることはできず、むしろ、これらの事実からすると、原告が、被告滋賀県教育委員会に対してすら、実際の収入額を隠そうとしていたことが窺えるというべきである。

3  まとめ

(一) 原告が信義則違反を理由づけるものとして主張する事実については、右1、2に認定、判断したとおりであるところ、他方、右1、2に掲げた関係者の供述及びそれに沿う証拠によれば、①原告が、鈴木の行った助言にしたがって申請書添付の決算書の概要の収入総額に虚偽の記載を行ったのは、補助金(率)を希望どおりに獲得するためであること、②原告は、宮本に対しても正規の帳簿を見せておらず、被告らに対し正規の帳簿を終始見せていないこと、③原告が鈴木の助言を受ける以前に県に提出した決算書の概要に記載された収入総額は正規の総収入額よりもはるかに低いものであり、決算書の概要を差し替えた際にも、総収入額を正規の総収入額から一億円も低いものとしていたことが認められ、これらの事実によれば、原告は、右助言の有無にかかわらず、当初から総収入額を不当に低く抑えて多額の補助金を獲得しようとしていたものであり、右鈴木の助言にしたがって総収入額を低く抑えて補助金交付申請を行うことが本来許されないことも、当初から十分に認識していたものと認められる。

(二)  このような事情に照らせば、前記1、2に認定判断した事実を十分考慮しても、原告には法を曲げてまで保護すべき利益は認められず、信義則上、本件各行政処分が許されないと解することはできないというべきである(なお、右結論は、右原告側の事情に照らせば、仮に、被告滋賀県教育委員会の技術職員との間に、総収入額を低く抑えるように助言する慣行が認められていたとしても変わらないというべきである。)。

よって、この点に関する原告の主張も理由がない。

五  結論

以上によれば、被告文化庁長官に対する訴えは不適法であるからこれを却下し、被告滋賀県教育委員会に対する請求は、本件確定取消・再確定・返還命令がいずれも適法であるから、理由がないので棄却することとする。

(裁判長裁判官鏑木重明 裁判官末永雅之 裁判官小西洋)

別紙

補助金事務の経過

凡例 補助金交付申請書を「申請書」という。

補助金交付決定通知書を「決定通知書」という。

補助金の額の確定通知書を「確定通知書」という。

補助金の額の確定に関する報告書を「確定報告書」という。

1.昭和63年度(重文)園城寺唐院大師堂ほか2棟保存修理事業

昭和63年4月8日  原告が県委員会へ申請書(乙第4号証の1)を提出した。

4月9日  県委員会が申請書を文化庁へ進達した。

4月20日  文化庁が申請書を受理した。

6月21日  文化庁長官が交付決定を行った。

7月27日  県委員会が原告に対し決定通知書(乙第4号証の2)を送付した。

平成元年3月31日  原告が県委員会へ事業の実績報告書を提出した。

4月15日  県委員会が額の確定を行い、原告へ確定通知書を送付するとともに、文化庁へ確定報告書を送付した。

2.平成元年度(重文)園城寺唐院大師堂ほか2棟保存修理事業

平成元年4月3日  原告が県委員会へ申請書(乙第5号証の1)を提出した。

5月8日  県委員会が申請書を文化庁へ進達した。

5月17日  文化庁が申請書を受理した。

7月18日  文化庁長官が交付決定を行った。

8月28日  県委員会が原告に対し決定通知書(乙第5号証の2)を送付した。

平成2年3月31日  原告が県委員会へ事業の実績報告書を提出した。

平成2年4月16日  県委員会が額の確定を行い、原告へ確定通知書を送付するとともに、文化庁へ確定報告書を送付した。

3.平成元年度(国宝)木造智証大師坐像1躯ほか防災施設事業

平成元年4月5日  原告が県委員会へ申請書(乙第6号証の1)を提出した。

5月29日  県委員会が申請書を文化庁へ進達した。

6月9日  文化庁が申請書を受理した。

7月18日  文化庁長官が交付決定を行った。

8月22日  県委員会が原告に対し決定通知書(乙第6号証の2)を送付した。

平成2年3月31日  原告が県委員会へ事業の実績報告書を提出した。

4月16日  県委員会が額の確定を行い、原告へ確定通知書を送付するとともに、文化庁へ確定報告書を送付した。

4.平成2年度(重文)金地著色滝図ほか38面保存修理事業

平成2年9月18日  原告が県委員会へ申請書(乙第7号証の1)を提出した。

9月19日  県委員会が申請書を文化庁へ進達した。

9月26日  文化庁が申請書を受理した。

10月31日  文化庁長官が交付決定を行った。

12月21日  県委員会が原告に対し決定通知書(乙第7号証の2)を送付した。

平成3年3月30日  原告が県委員会へ事業の実績報告書を提出した。

4月10日  県委員会が額の確定を行い、原告へ確定通知書を送付するとともに、文化庁へ確定報告書を送付した。

別紙

内訳

(単位:千円)

事業名

年度

既確定額

今回確定額

超過交付額

重文園城寺唐院大師堂

ほか2棟保存修理

63年

23,100

19,800

3,300

元年

39,923

34,219

5,704

国法木造智証大師坐像

1躯ほか2件防災施設

元年

12,088

11,081

1,007

重文金地着色滝図床間

壁貼付ほか38面

保存修理

2年

5,038

4,618

420

合計

80,149

69,718

10,431

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